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「第14回峠探訪(保福寺峠と修那羅峠)」(0/16)・・はじめに

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)10時10分29秒
  波里美知会の皆様、今年も峠探訪へ行ってまいりました。
秋でもないこの時期の峠探訪となりましたが、それは松本市あがたの森で開催されている「谷垣雄三・静子夫妻追悼企画展」に合流するためでした。
企画展は峠と波里美知会メンバーと関係者と合同となりましたが、峠のメンバーとしても大きな意義のあるものとなりました。
今年の峠は保福寺峠(ほうふくじとうげ)と、修那羅峠(しょならとうげ)の二か所でした。
簡単に、整理をしますと、保福寺峠は松本盆地と上田盆地の境にあり、東山道が通っていました。
近くの修那羅峠を登った安宮神社境内には800余体もの石仏群がありパワースポットとして有名です。
今回は近くの保福寺(ほふくじ)、大法寺にも参拝するという、盛りだくさんの計画でしたが、全員無事、踏破することができました。
 
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(1/16)・・松本にて集合

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)10時07分18秒
  午後の「あがたの森」での企画展に合流するため、「あがたの森」近くの民芸旅館「深志荘」に8月4日午後1時に集まりました。
「あがたの森」直行組を除き10名が一堂に会し、松本のそばに舌鼓をうちました。
再会を喜びながら、通常夜のミーティングに当たる、翌日のコース確認と、来年度の峠探訪候補について話し合いました。
翌日の車での移動コースについては、下見情報をもとに安全第一でコース変更をしました。
深志荘については、神谷さんの手配でしたが、法事客で満員ではありながら、落ち着いた一部屋で食事とミーティングができ好評でした。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(2/16)・・懐かしの「あがたの森」

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)10時02分35秒
  車に分乗して、10分ほどで懐かしの「あがたの森」に着きました。
裏手の駐車場を降りて中に入ると、先輩達が出発前にパッキングした、森の広場が今も健在でした。
「あがたの森文化会館」の前に立つとさらに懐かしさがこみ上げて来ます。
玄関の脇に「重要文化財旧松本高等学校本館」の木製の看板が掲げてあります。
また左の自転車の後ろには「谷垣雄三・静子夫妻の追悼企画展」の案内看板がありました。
私たちは、この入り口から企画展開催コーナーへ案内板を辿って行きました。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(3/16)・・谷垣雄三・静子夫妻追悼企画展

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時54分38秒
  廊下の奥の一部屋が企画展会場となっていました。諸先輩が迎え入れてくれました。
最初にこの企画展を開催するにあたっての経緯と、谷垣雄三氏の略歴がまとめてありました。
私の方から下手な説明をするより写真を読み取っていただいたほうが、主催者の意に沿うと思いますので、どうか添付写真を拡大してお読みいただきたく思います。
会場では一字一句読み落とすまいと食い入るように読む御仁(彼は夜のミーティングの後、所用で帰りました)、昔懐かしい山仲間の記念写真を指差し、昔話に花を咲かす御仁、展示しきれなかった多くの静子夫人の絵をDVDで放映していましたので、その中から好きな絵を自分のカメラに収める御仁と、静かな中にも厳粛に参加することが出来ました。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(4/16)・・浅間温泉にて夕食

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時50分4秒
  「あがたの森」から宿舎の浅間温泉までは、昔懐かしい松本電鉄の松本浅間線の電車道が廃線後舗装された道を通って行きました。宿舎の伊東園ホテル「浅間の湯」は狭い坂道にあり、指定の駐車場所へ行くのに難儀をしました。
夕食はバイキング方式でしたが、波里美知会の席をまとめてもらい、食べ放題、飲み放題でついつい食が進んでしまいました。お陰様で私はいつものことながら合宿太りをしてしまいました。
この企画展に参加する前に、8月1日から4日にかけて「針ノ木から鹿島槍」を踏破してから参加した強者達もおりました。皆さんのお元気なことには驚嘆するばかりです。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(5/16)・・ミーティング

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時46分4秒
  ミーティングは大きな部屋を貸し切り、企画展、峠探訪メンバー合同で行われました。
企画展側の畑さん、川本さんの話は、ここまでに至った経緯、苦労、まだ進行形の話、・・・と本、絵だけではわからない、裏話を事細かく、話されみんな涙ぐみながら聞き入るばかりでした。
中でも当日も、関係者が遠くから直接訪ねて来てくれた話、静子夫人の母校松本蟻ケ崎高校にも夫人の油彩1点「本を読む少女」(私も感銘を受けた絵です)を引き取っていただけることになったこと・・・。
まだまだお二人が内外の多くの人を動かし続けている偉大さに感銘するばかりでした。
お陰様で、事務局で用意してくれた、お菓子、ビール等には誰一人として手を出さずに聞き入りました。
峠探訪のメンバーとしても、貴重な機会に同席させていただき、感謝いたしております。
また、これまでの企画展実行メンバーのご苦労に敬意を表します。
・・・奥の方で横になっていている“清盛さん”は、片手を耳に立てて聞き入るお得意のポーズですので、気になさらないで下さい。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(6/16)・・さあ峠へ出発

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時41分59秒
  翌朝も、良い天気でした。
松本も、群馬ほどではないにしても、暑いのには驚きました。
ここからそれぞれの駐車場から車を出し、近くの松本球場で隊列を整え、全員の車9台で保福寺へと向かいました。
保福寺へは地元のチコチャンに先導してもらいました。
これが大変でした。先頭車のチコチャンが、速いこと速いこと。曲がりくねった山道を我が物顔で走ります。
第11回峠探訪の時の“伊那のカアサン”を思い出しました。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(7/16)・・保福寺参拝

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時38分37秒
  やっと保福寺に着きました。山門の前には私たちの車が全部駐車できる駐車場がありました。
山門には大きな草鞋が奉納してありました。昔はここで旅の安全を祈願したのでしょうか。
山門から本殿までは急な長い石段がありました。これを見て、“ひげ仙人”と“杖突の御仁”が思案投げ首です。
本殿に上がると立派なお寺でした。まずは私たちの峠探訪の無事を祈願いたしました。
また、同じ急な石段を下りて駐車場へ。“安曇野のお百姓さん”は準備良く家から手製の杖持参でした。
昨日の昼のミーティングで決めた通り、ここから分乗して台数を減らしました。
保福寺峠には台数を減らした車列で行き、またここまで戻る算段です。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(8/16)・・保福寺峠到着

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時34分31秒
  保福寺峠に着いてまず目についたのが、この万葉集の歌碑です。
みんなで“波里美知”の字を読み解きます。
「“信濃道(しなのじ)は今の波里美知(墾り道)刈りばねに
   足ふましむな 沓(くつ)はけわが背(せ)” (万葉集東歌 巻14-3399)
第11回峠探訪の神坂峠を思い出します。東山道で繋がっていることに感慨を覚えました。
律令制が布かれたころ、東山道が開削されて保福寺峠を通ったことから、当時は重要な交通ポイントになっていましたが、江戸時代に中山道が開通すると、この道は北国脇往還と呼ばれ、松本と上田を結ぶローカル線に退いています。しかし、松本藩主は参勤交代に保福寺峠越えを使ったようです。
 

保福寺峠・修那羅峠探訪(9/16)・・ウェストン日本アルプス絶賛の地

 投稿者:ばたやん  投稿日:2018年 8月24日(金)09時28分49秒
  そこから少し登ると、「ウォルターウェストン日本アルプス絶賛の地」がありました。
上田側から保福寺峠に到達したウェストンがパッと視界が開け、前に日本アルプスを見渡し、絶賛したという小さな丘です。
当日は晴れ過ぎたこともありカスミがかかり、肉眼では見えましたが写真では日本アルプスを確認するには若干無理のようですねぇ。
 

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